5 絆か枷か【Bond】 ロイ×エド
そろそろ、かな。
と、不機嫌そうな顔を隠そうとしているエドの表情を見やる。
しばらくまたあまりよく眠れていないようで、列車の中では必ずと言っていいほどこっくりと船を漕いでいるのを見て、アルは心配になっていた。
まあ、ここで少しでも眠れるならばまだ大丈夫。と今までの経験上そう結論付けたのだが、最近ではもう列車の中でも眠そうにあくびをかみ殺している姿しか見ていない。
目的のために走り続ける二人にはストレスになることがたくさんあった。
赤い石の情報が遠方のもので、あまつさえそれが大スカで疲労だけを土産にまた違う場所に舞い戻ったり。しばらく、そんなことが続いていた。鎧の体のアルには感じない大きな疲労がエドの中に錘のようにたまっているのだろう。
いつもなら勝手に復活するのを待つところだが、最近のエドは前よりも増してひどい気がした。
「兄さん、大丈夫?」
「あ? …大丈夫だよ」
そう言ってる顔が裏切ってるよ、兄さん。
アルは口にはせずにエドの顔を覗き込むような仕草で目を光らせた。
「最近寝てないでしょ。寝てもすぐに起きちゃってるみたいだし」
「……」
エドはとたんにむすっとした表情を隠すこともなくアルを睨む。
「ちゃんと寝てるよ」
「僕にまで意地張ってどうするの」
これではどちらが兄だかわからないような会話をしていると、車内放送が、もうすぐ駅に到着することを告げた。
「あーあ。着いちゃった」
「…そりゃあ着くだろう」
「兄さんを寝かせてあげたかったんだけど。まあいいか。じゃ行こうか兄さん」
「…は?」
エドが計画していた目的地よりもずいぶん手前だ。
と、いうよりエドとしては絶対に降りたくはなかった駅だった。
アルに腕をつかまれて強引にひっぱられるのに抗議しようとしたが、ガンっと生身の足を座席にぶつけてしまい、声も出ない。
「ってー」
アルにひっぱられてる上に暴れようと力を込めたところに来た衝撃に、涙まで出てきそうになった。
「大丈夫だよね、兄さん」
「…いてぇっての」
さっくりとアルには告げられて、駅のホームに降り立つ。トランクの上に座って、まだちょっとしびれている足をさすった。
「で、ここで降りた理由を10字以内で述べよ」
「兄さんが死んじゃうから」
「2文字オーバー。って…はあ?」
律儀に指折り文字数を数えていたエドが、眉をひそめてアルを見上げた。
「オレが死ぬって、なんで」
「いつもより食べてないし、ぜんぜん寝てないでしょ。だからこのままじゃ死んじゃうって心配になったんだ。それで…」
「やぁ、アルフォンス」
背後から掛けられた声に、エドの全身が固まる。
嫌なやつに逢ったとばかりにどんどん顔がしかめられていく様はいっそ壮観だ。
「こんにちわ。君は元気のようだな」
「こんにちわ、大佐。大佐も元気そうですね」
「は」の部分を強調して言う男に、アルは穏やかな声で応える。
「ところで、君の元気じゃない様子の兄さんはどこにいるのかな?」
「だーれが灯台下暗しで目に入らないほどのドチビかーーーーっ!!!」
目の上に手のひらをかざすようにしてきょろきょろとあたりを見回した大佐と呼ばれた男の目の前に伸び上がるように勢いよく立ち上がる。
「おや、そこにいたのか。トランクの上にコートだけ残してどこかに行ったのかと思っていたよ」
「まだいうかーーーー!!!」
ほっとけばそのままジャンピングニーキックに行きそうだったので、アルが背後から羽交い絞めにしてエドを引きはがす。
「はなせっ! アル! あいつの顔に一発ケリでも入れてやらなきゃ気がすまん!!」
「はっはっはっは。元気で結構なことじゃないか。さて、ここで鋼ので遊んでいてもしょうがない。食事でもどうだい?」
「ふっざけ…」
脊髄反射で怒鳴り返そうとして、エドはぴたりと暴れるのをやめた。アルからも驚いた気配を感じる。
すっと右手を差し出したその手には発火布がはめられていた。その指を今にもはじきそうな格好でエドの目の前に止める。
「どうだい?」
「おいおい。ロイ・マスタング大佐。こんな往来で発火布取り出すとは穏やかじゃねえな」
「こんな往来で暴れられる方がよほど穏やかじゃないさ」
「…ったくしょうがねえ。脅してまで食事一緒に行って欲しいってなら付き合ってやるよ」
にっこりと音がしそうな笑みを浮かべたロイに、エドはアルの手の中から抜け出して、コートを整えながら、こちらもにっこりと笑った。
アルはその両者を見ながら、こっそりと安心したようなため息をつく。
(さすが大佐。兄さんをあっさりと食事に誘ったよ)
あっさりと、というか脅迫に近いものがあるが、アルは嫌であれば強硬手段も辞さないエドの性格をよく知っている。こめかみをぴくぴくと引きつらせながらも頷いたことでエドは承諾の意を表したのだ。自分が言ってもエドが聞かないことを思い知っているアルが最後に取った手段。これはかなり期待してもいいかもしれない。
「僕、先に宿取って待ってるね」
「え?」
「マスタング大佐。兄さんをよろしくお願いします」
「お、おいっ!」
エドが何かを言う間もなく、アルはトランクを手に持って走りだした。
「こらあ!! 待て!! ぐえっ!」
エドが慌てて追いかけようとしたところで、フードを後ろからつかまれてひっぱられた。自然首が絞まった形になったエドは、多少パニック状態になってじたばたと手足を振り回した。
その間にもアルは走りながら振り返って手を振っている。なんだか自分に振られてるような気がしなくて、エドはとっさに振り仰いだ。いつの間にか首から肩に掛けて回された手とは反対の手を涼しげな顔で振っているロイが目に入る。
「お前ら、なんかグルか!!」
「グルとは酷いな。アルフォンスは、君の体調を心配してわざわざ私に連絡をしてきてくれた兄思いのいい子なのに」
「アルはまだしもアンタは信用ならん」
首に回された手を振り解いて、指を突きつける。ロイはその指先をそっと握った。
「人を指差してはいけないなあ、鋼の」
再教育してやろうか、と間近でささやかれれば、エドの顔が悔しそうにゆがむ。
「冗談! つーか、なんでアンタこんなとこにいるんだよ。仕事は? またサボりか」
指を取り戻して、エドが畳み掛ける。よくよく見れば、いつもの軍服ではなく私服だった。
「先週までほとんど休みが無くてね。半強制的に休暇をとらされたよ」
「なんだよ、アンタも疲れてんじゃねえか」
「疲れているように見えるかい?」
「…いや」
スッと背筋を伸ばして立つロイを上から下まで眺めて、エドはいささか不服そうに眉を寄せた。
「今日は君たちを迎えに出る時間ぎりぎりまでベッドの住民だったからね」
「あらら。うらやましいことで」
「…君はその気になれば毎日でも惰眠を貪ることは可能じゃないのかね」
笑みを含んだ目がエドを見る。ロイの言葉にエドが何も言えずにそっぽを向く。
「そんなことねーよ。あんまり寝てるとアルに起こされるし…」
ぶつぶつと言い訳めいたことを連ねるエドにロイは笑みを深くした。
「食事を取ったら家で少し眠ろうか。休日の醍醐味は日が差し込む部屋でまどろむことだと思わないか?」
ロイがさりげなくエドの肩に手を回す。エドは誰か軍のヤツに見られたら、と一瞬頭をよぎって焦るが、まあ誰も恋人同士とは見るまい。親子くらいにしか思われないのが落ちだ。
「さて、それでは行こうか」
「あんたの休日の予定になんで付き合わなきゃなんねえのかわかんねえが、しょうがねえから付き合ってやるよ」
親子に見られてもいい。それだけ絆が深く見えてる証拠になるなら。エドがそんなことを考えてるなんてことは露ほどにも思っていないのだろうロイは前を見つめている。
食事を取らないのも眠らないことについても諭すのではなく、一緒にやろうと、押し付けない気遣いが優しさが、エドの心を軽くする。
上機嫌にも見えるその横顔を見上げて、エドは少しだけ笑った。
こんな日も悪くない。少しだけ、少しだけ足を止めて、ぬくもりを求める日も。
ただそれが、歩き続ける足に枷として絡みつくようになったら…。
きっとお互いいっそ潔く切り捨てるのだろう。
それが容易に想像できてしまって、エドはつい人目がない道でロイの腰の後ろから左手でロイの手を握った。寂しくはない。むしろ嬉しくて。でもそんな日が来ないことを祈って。
「珍しいね」
少しだけ驚いたようなロイの声が楽しくて、エドはそっと頭を摺り寄せた。
それはどこから見ても恋人同士のような仕草で。
「まあ、たまにはサービスな」
それと、栄養補給。とは口にしない。
アルの処置は適切だったらしい。
曲がり角から人が現れる短い時間だけの触れ合いだったけど、それでもエドの心の中にあった錘は軽くなった。
きっと食事を取って、陽だまりでまどろんでアルの待つ宿へ戻るころには消えている。そんな気がした。


言い訳
ラブラブ目指して。
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