03: 将軍の執務室
さて、何処から探したものか。
オレはハボック少尉から頼まれた探し物を探すために、とりあえず現場に向かった。
『さっき執務室に行ったときには、居たんだけどな。ちょーっと目を離した隙にいなくなってやがった』
火がついていない煙草を年中銜えているほどの愛煙家のハボックがいらいらと、煙草を揺らした。
結構切羽詰った状況なのかもしれない。
オレはまず、最後に確認されている場所へと足を踏み入れた。
「失礼しまーす」
いないとわかっていても、とりあえず。
さて。
オレは腰に手を当てて、左手をあごに添える。
まずは、現場検証。机の上には、山積みの書類。決済済みのものと未処理のものが綺麗に分けておいてある。意外ときっちり分けてあって、書類の積み方も几帳面で、オレはそんなところに少しだけ笑った。
人間って、そいつを見るよりもその人の生活空間とか、毎日いる場所とか、字とか見る方がよくわかる気がする。
処理済の書類を手にとってみた。綺麗に流れるようなサイン。次の書類は、ラストの文字が少しだけかすれている。
結構急いでたのかね。
ふと机の上を見ると、其処にはチェスのポーンが一個、転がっていた。
「チェス…?」
手に取ると、小さな駒はころりと手のひらを転がった。
「あ。あそこか」
オレは手にした駒を小さく跳ね上げると、空中で握った。パシッと小気味のいい音がして手に収まるポーンを握りしめて、オレは誰もいない執務室を後にした。
オレは流石に、この部屋ではノックが必要だろうと、右手をあげた。
重厚な造りの扉をノックすると、中からどうぞ〜、と気のよさそうな声がした。
「失礼します」
この部屋に入るなんてこと、めったにない。というか、初めてだ。
いつも大佐の執務室で終わってしまうから。
「おや、君は鋼の錬金術師かな?」
「はい。エドワード・エルリックです」
こちらに向いていた、椅子から、先ほどの声と同じような気のよさそうな老人…っていっちゃあ失礼かな? 将軍が、いた。
「鋼の?」
聞きなれた声が驚いた色を帯びて、オレの眼の前に背中を向けて座っていた男が振り返った。
おい、なに間抜けた顔してんだ。
オレは口にしそうになって、ここがどこだかに思い至った。
「ポーンが足りないんじゃないかと思って、お届けに」
心に浮かんだ言葉は飲み込んで、オレは握っていた手を開いた。とたんに大佐がしまったという表情を浮かべた。
「おや、思わぬ伏兵の登場かね」
「ありゃ、大佐、負けてんじゃん」
チェス盤を覗き込むと、黒の大佐が負けていて、オレは苦笑する大佐をにやりと見下ろした。
「今、どっちの番?」
「私だな」
ふむ。あれをこうして、あーして…。
オレがあごに手を当てて考えていると、将軍が笑ってこちらを見ているのに気が付いた。
「そうしていると、君たち、兄弟のようだね。考える仕草がそっくりだ」
「え!?」
オレと大佐が同時に顔を上げる。将軍の目は近所のがきでも見るような慈愛に満ちた色を湛えていた。
「こんなのと似てるなんて冗談じゃない」
「将軍、冗談が過ぎますな」
今度も同時だった。将軍の笑みが深くなる。兄弟はアルフォンスだけで十分です。
オレは、思いっきり嫌そうな顔を作って、将軍の笑顔から逃れるようにチェス盤に目を落とす。
あ。
オレは、手にしていたポーンをコツンと盤上に置いた。
「じゃ、これ届けたから」
「おお!」
すたすたと扉に向かうオレに大佐と将軍の声が重なる。
オレは扉に手を掛けて、振り返る。
「あ、大佐。ハボック少尉とホークアイ中尉がそろそろぶち切れそうなんで、早めにお戻りくださいねー」
にっこり笑って言ってやると、大佐がしてやられたとばかりに顔をしかめた。
「いやー、君はいい伏兵を持っているな」
「…そのようですな」
笑っている将軍と苦い声の大佐。オレは笑って、そのまま部屋を後にした。
さあ、ハボック少尉に報告しに行くか。
将軍とチェスをしているとなれば、容易に迎えにもいけまい。
せいぜいわずかな休憩を満喫していればいい。
あの執務室に戻れば鬼のような仕事に追われることになるのだから。
「部下はチェスのようには動いてくれないんだぜ」
オレは首の後ろで手を組んで、廊下を歩きだした。
「知ってるさ」
独り言に返事をされて、オレはものすごいびびった。反射で振り返ると、先ほどチェスをしていた男がすぐ後ろに立っていた。
「あんた、チェスは…」
「ああ、次回に持ち越しにしたよ」
仕事もたまっているようだしね。と大佐が笑って、隣に並んだ。
「しかし、鋼の。先ほどの一手はなかなか鋭いところをついていたね。チェスは得意かい?」
「別に得意ってわけじゃねえけど。昔よくアルとやったしな」
「ほう。アルフォンスもできるのか。それじゃあ、今度チェス大会でも開くか」
「いいねえ」
もちろん、勝ったらなんかもらえるんだろ?
にやりと笑って隣を歩く大佐を見ると、大佐も底意地悪い笑みを浮かべた。
「もちろんだよ、鋼の」
「じゃ、それ楽しみにしてるぜ」
「ああ」
執務室の前まで来た。オレは片手をあげて中尉たちのいる部屋へ向かおうと背を向けた。その腕を大佐に掴まれた。
「そうだ、鋼の。チェスをしていたことは内緒にしてくれたまえ」
「えー」
オレが不服な顔をすると、大佐がすばやく接吻けてきた。驚いて目を見開くオレの目の前で黒い瞳がニヤリと笑った。
「約束だ」
言うだけ言って執務室に入ってしまった大佐に、オレはしばらく閉じた扉を見つめた。
「おいおい」
それだけでオレを縛れるとでも思ってんのか?
だが、オレはきっと大佐との約束を守ってしまうんだろう。
ため息が出る。
このままアルのところへ行ってしまおうか。
それはとてもよいことに思えた。どうせすぐに中尉たちは大佐が戻ったことに気付くだろうし。
オレはポケットの中にある紙とペンを取り出した。
『大佐は部屋にいます』
と書いて扉に貼り付けた。
そして、オレはそのまま東方司令部を出た。
これにて、探し物は終了
オレは青空が気持ちいい通りを跳ねるように走り出した。
依頼完了!