05: 医務室
ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
東方司令部内の一角に間抜けな音が響く。
めったに部内放送など、聴くことがない軍人たちは何事かと仕事をしていた手を止めて天井あたりを見上げた。
しかもこの音は、緊急放送ではありえない。
放送前の音は何種類かあるが、この音はめったにない部内放送の中でもさらに貴重で聞いたことがあるものは何名いるかわからないほどのものだった。
みなが、興味津々の目で見上げる。佐官でさえも何事かと目をあげた。
『え〜、お仕事中失礼いたします。マスタング大佐〜、マスタング大佐にお知らせいたします〜。至急医務室までおいでください〜。あ、来ないなら、中尉がリゼンブールまで送るとおっしゃってました〜。では、失礼しました〜』
♪ぴんぽんぱんぽん
締めは最初の音とは逆音階の間抜けた音。
完璧だった。これは、これ以上貴重な放送はないだろうと思われるほどの部内放送だった。軍の面々は一瞬あっけに取られて、その後爆笑の渦に巻き込まれた。
「なんなの、あの間抜けな放送は!」
放送室を出たハボックの襟首を捕まえて、ホークアイが食ってかかる。放送を聴いてから駆けつけた彼女の息は少し上がっていた。
「や、だって大佐探せって言ったじゃないっスか。ああ言えば出てくるでしょ」
「だからって、あの放送はっ!」
珍しくホークアイが焦っていた。ハボックは銜えた煙草を落としそうなほど揺すられながら、目を見開いた。
「将軍に聞かれたら、減給ものよ!」
「あー、それは大丈夫っすよ。あの人がいなそうなところには放送入らないようにしてありますから」
うちらの部署の周りと、屋上。そんなもんっす、とハボックが指折り数えて、にかっと笑う。
「それにしても…」
ホークアイはやっとハボックから手を離して、ため息をつく。
「まあまあ、ここまでやればもうサボろうなんて思わなくなるでしょ。ってことで、医務室行きましょうか」
ハボックがホークアイを促す。ホークアイはもう一度大きなため息をついた。
ハボックとホークアイが医務室について、すぐにロイが顔を見せた。
扉を開けて、すぐにため息をつく。
「こんなことだろうと思ったよ」
「おや。わかってて顔を見せるとは、観念しましたか、大佐」
ハボックが眉を上げると、ロイは片方の眉を上げて、ちろりと睨む。
「もしかしたら、という思いも捨て切れなくてね」
ロイはむむ、と眉を寄せて目を閉じた。
「本当にエドワードくんには甘いですね」
ホークアイは本日何度目かわからないため息をついた。
「ところで、あの放送は全館放送ではないだろうな」
ロイの目が開いてじろりとハボックを睨む。ハボックは首を横に振って、にへらっと笑った。
「そんなわけないじゃないですか〜」
「ところで、どちらにいらしたんですか?」
ハボックの襟首を掴みそうになっていたロイにホークアイの冷たい言葉が突き刺さる。
ロイは、肩をすくめて振り返った。ハボックがあからさまにほっとした顔を見せた。
「ちょっと、散歩にね」
「そうですか。それはさぞ気分転換も出来たことでしょうね。今日は残業なしで帰らせていただけそうでなによりです」
ホークアイの言葉は矢のようにロイに突き刺さる。ロイはだらだらと汗をかいて、うつむいていく。
「ぜ、善処させていただくよ」
「さあ、仕事にもどりましょう」
二人を医務室から追い出して、ホークアイはふと後ろを振り返る。
「エドワードくん。そういうわけだから、もう少し寝てていいわよ」
「いやー、びっくりしたなー。偶然とは言え、ハボック少尉の勘ってほんとあなどれねえ」
ひょっこりと顔を覗かせたのは、大佐の餌として使われたエドワードだった。
「オレがここにいるってこと知らないんだよな?」
「そのはずだけれど」
今日は大佐が来る前にホークアイの手伝いをしていて、指を切ってしまったので治療に来ていたのだ。それから大佐が執務室にこもり、エドワードはここで仮眠を取っていた。そして、大佐がいなくなり…。
大佐の捜索を命じたハボックが強硬手段に出た、というわけだった。
エドワードとホークアイは顔を見合わせて、揃ったように扉の方に目をやる。
「さすが、軍の犬というべきか」
「本当に犬の嗅覚でも備わっているのかしら」
今度ブラックハヤテ号と競争でもさせてみてもいいわね、と呟くホークアイにエドワードが笑う。
「ま、大佐見つかってよかったじゃん」
「ええ、そうね。今日は残業はなさそうよ、エドワードくん」
「本当かなあ」
エドワードが疑いの目で見ると、ホークアイがにっこりと笑う。
「私が逃がさないから」
「そりゃあ頼もしいや」
エドワードも笑って、ベッドから降りた。
「じゃ、オレ図書館の方に戻るな。アルが心配だし」
「了解よ。大佐にも伝えておくわね」
きっとくやしがるわよ、とホークアイはいたずらっぽく笑って扉に向かう。
「明日はちゃんと顔見せに来るからちゃんと仕事しろって伝えて」
ホークアイは扉に手を掛けて、わかったわ、と頷いた。
そして、扉を開けて出ていった。
エドワードも一つ伸びをして扉とは反対側に向かう。窓からひょいと体を躍らせて、庭に出る。見上げると、そこには見慣れた窓が見えた。
「しっかり仕事しろよ、無能」
ちらりと見えた、黒い髪が揺れた気がした。
end