共犯者
別に覗くつもりはなかった。
ただ、少しだけ扉が開いていて、目的のためにはその場所の前を通らなきゃならなかっただけで…。
ふと、目が行ってしまったのだ。
――あれ?
カシャンと小さな音が思ったより響いた。僕が歩いている右足を慣性に逆らって止めてしまったから。その扉とは反対側にいた兄さんがどうした、と少し先に行ってしまった足を止めて振り向いた。
――これ、兄さんに見られちゃいけない…もの、だ。
直感的にそう、思った。けど…でも。
――兄さんが見たら、どうするのかな?
すぐに、そんな思いが浮かんだ。
兄さんはそんな僕の思いには気づかない。どうしたんだよ、アル。そういいながら僕の近くに歩み寄ってきた。
見ないほうがいいよ、兄さん。
僕は思っていることとは正反対のことを言って、ちょっとだけ扉から体をずらした。
こんな小さな声じゃ、これくらいの隙間からは聞こえないはず。聞こえていてもいい。それで動揺するような人だったらよかったんだけど。
兄さんは僕の方に体を向けていたことで、扉の隙間から中を覗けたはずで。兄さんは思ったとおり、文字通りに見事に固まった。
息を呑んで、凝視している。兄さん、と僕が呼びかけても兄さんはぴくりともしなかった。
僕は兄さんを僕の方に振り向かせたくて、肩に手を掛けて呼びかけた。
兄さんはびくっとしたように僕の顔を振り仰ぐ。
――ああ、兄さん。また傷が増えたね。
その手と足。僕の体。他にも細かい傷がいっぱい。心にもいっぱい。
僕にもあるはずだけど、その体は今はないし、心もここにはないのかもしれない。
その分、兄さんが請け負ってる。
兄さんには幸せになってもらいたい。それは本心から思ってる。
――でも、痛みも感じてて欲しいんだ。
それも本心。
だから、僕は兄さんの幸せを心から願いながら、こうやって傷をつけることも止められない。体の傷はすぐに治っちゃうから。だから心に傷を刻む。それは直接僕がつけた傷じゃないから、僕はなんの後ろめたさも感じることなく、心を切り裂く刃に向けて兄さんを送り出せる。
兄さんは、無理やり僕に笑って見せて、先に立って歩き出した。
扉の隙間からは先ほどから同じ姿勢のまま、来客用のソファに寝そべっているこの部屋の主が見えた。
普段のあの人からは想像がつかないほど、服が乱れている。僕らだってもうそれがなんでなのかなんてわからないほど子供じゃない。鎖骨に散った赤い花。それを見ながら僕は思う。
――兄さんをつなぎとめているのはなんなんだろう。
兄さんがこの人を好きなことは知ってる。兄さんは隠してるつもりなんだろうけど。
多分、特別な関係になっていることも。だけど、兄さん以外にも体を差し出せるこの人は一体兄さんをどうしたいのだろう。
僕はそれを聞いてみたい気に駆られる。けど、それだけは聞かない。
絶対。一生。
僕は扉の隙間から視線をはずそうとした。
その時、中にいた人の頭が動いた。ソファの肘掛に乗せていた頭をずらしてこちらを見た。そして、
哂
〈
わら
〉
った。
――うまく、傷はつけられたかい?
そんな声が聴こえた気がして、僕は思い切り扉を閉めた。
――やっぱりあの人は嫌いだ。
大嫌いだ。
すぐに共犯者のような笑みを見せるから。
兄さんは貴方の物じゃない。傷をつけていいのは僕だけだ。
だから、共犯者でもなんでもない。そんな笑顔は迷惑なだけ。
まだ、僕の、僕だけの兄さんだから。
――簡単にはあげないよ。
僕は、兄さんが行ってしまった廊下を歩きながら、きっと落ち込んでいるだろう兄さんになんと声を掛けようかを考えた。
end
シェスカとウィンリィの恋愛参考書を聴きながら書いた話とはとても言えない
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