心なんて、見えない。
だから、何も残せないなら…
せめて
君が居た、証を。
残るもの
「もし、君が元の腕と足を取り戻したら…」
「あん?」
せっせと、という表現がぴったりくる様子で首筋に顔を埋めていたエドワードが、行為を妨げられたのを咎めるように眉を寄せて顔を上げた。
くつろげられた襟元もそのままに、ベッドの上にだらしなく手足を伸ばしたロイは、ベッドサイドの灯りを見つめながらおおよそ睦言とは思えない口調で呟く。
「オレとアルが元に戻ったらなんだってんだよ」
エドワードは、ロイの言葉に弟の名も付け足して反復した。ロイはちらりとエドワードを見て、気だるげに髪をかきあげた。
そのままエドワードの首に手を回す。引き寄せて、舌で唇をなぞった。
エドワードはロイの目を見つめたまま、半眼になる。
「ごまかそうとしてんじゃねえぞ」
「ごまかしてなんかいないさ」
ただ、時間がもったいないとは思わないかい?
そう言われてしまえば、実際その通りで。エドワードには足を止めていられる時間はわずかしかなく、ロイだって年がら年中時間が余っているわけでもない。いや、むしろエドワードよりも余計な時間を使っている暇はないかもしれない。
ロイが再び引き寄せて、接吻けを強請るように薄く唇を開いた。
エドワードは、その誘いに乗るようにロイに接吻けた。舌を絡めながら、ロイの服を脱がしていく。破らないように左手で器用に脱がすのは慣れたもの。
そして、露わになった肌に舌を丁寧に這わせていく。
「ふっ…」
ロイが息を詰める。艶めいたその吐息がエドワードの脳髄をしびれさせる。声はめったに聞けないけど、その吐息だけでも快楽を感じていることがわかるから、エドワードはそれだけで満足していた。
左手をわき腹に滑らせる。いつもは軍服に隠されていて見えないが、よく鍛えられたその体には余計な肉は一切ない。筋肉をたどるように舌を這わせて降りていく。右腹まで降りて、引き連れたような火傷の痕を舐めると、ロイが息を呑んだ。
「こんなでかい傷痕が自分でつけたもんだってのがお笑いだな」
エドワードがちらりと目を上げると、ロイは腕で隠した目の下で笑って見せた。
「その腕と足も自分でつけたようなものだろう? 鋼の」
ロイの言葉にぐっと詰まったエドワードは、仕返しとばかりに傷に軽く噛み付いた。
「ふっ…、まるで甘噛みだな、鋼の」
どうせなら傷を拡げるくらい噛み付いて見せろ。
ロイの囁きはエドワードの中心に直接熱を注ぎ込む。ぞくりと背筋を駆け抜けたものにエドワードは目を閉じた。
不意に顔を上げて、上半身を起こす。
ロイが少しだけ意表を突かれたように目を見開いた。その目を見ないようにして、エドワードはまだ着たままだった服を一気に脱いだ。
ベッドサイドの仄かな灯りを反射してきらめく鈍色に、ロイは目を眇めた。
そっと手を伸ばしてエドワードの腹に手のひらを当てる。
「っ…」
エドワードはその手に縫いとめられたように動けない。するりと手があがって、機械鎧の継ぎ目に指を這わせる。たどる指を見下ろして、エドワードは右手を上げた。
「つっ」
ロイの手を掴もうとした瞬間、ロイが指を滑らせた。小さく声が上がって、驚いたように指が離れる。その指を見ると、中指の先がざっくりと切れていた。血が見る見るうちに盛り上がって、指を伝った。
「ばっか! なにやってんだよ」
金属なんだから気をつけろ。そう言って、救急箱を取りにベッドから降りようとしたエドワードの手をロイが掴んで止めた。
「構うな。こんな傷じゃ貧血にもならん」
「けど…」
「いい。これくらい、傷のうちにも入らない…」
ロイはそう言って、血の流れる中指をエドワードの唇に擦り付けた。エドワードが目を見開く。血を流して嘯くロイの表情が傷の痛みではない痛みを現しているようで。
エドワードは、その痛みを知りたいとは思うが聞きたくもないという思いにも駆られる。聞いたところで分かち合えるような甘いものではないだろうから。それに、ロイがなにも言わないということは、エドワードにはできないことなのだろうから。
エドワードは、ロイの傷ついた指を口に含んだ。鉄錆の味が口の中に広がる。
「ふ…っ、ん…」
癒すように、労わるように、優しく傷口を舐めると、ロイが吐息を漏らす。
流れる血をたどって、手首まで舌で綺麗にする。そのままロイの手を自分の首から回させて、ロイに接吻ける。血の味のする接吻けは、二人にはお似合いすぎて、なんだか泣きたくなった。
エドワードは接吻けを離して、左手でロイのあまり傷のない体を確かめるように撫でる。舌も使って、ロイの官能を引き出すことに専念していく。
ロイの艶を帯びた吐息は徐々に浅くなって、傷ついていない方の指はエドワードの髪を乱した。
丁寧な愛撫は、ゆるゆるとした快楽をロイにもたらす。もっと強い刺激が欲しくなる。
ロイはエドワードの顎を掴んで引き上げると、噛み付くような深い接吻けで煽る。
エドワードも煽られながら、ロイの舌に絡ませて目を閉じた。
お互いが荒い息の中、奪うような接吻けをして、足を絡ませる。
エドワードがベッドサイドに置いてあった容器を探って、中身を指に取った。そのまま指をロイの後孔に差し入れた。冷たい感触にロイが一瞬だけ身を震わせた。
舌を絡めたまま、指を抜き差しして慣らす。
久しぶりのロイの感触に、エドワードは我を忘れそうになる。
「はっ、もう…いいか、ら、来い」
ロイの目が潤んで、エドワードを限界まで誘う。もう既に理性の鎖は千切れる寸前だ。
エドワードは、唇を噛み締めて、ロイに誘われるままに中に沈んだ。
「くっ…!」
ロイがエドワードの背中にすがりつくように腕に力を込めた。引き寄せられて、奥まで一気に進める。背中がぬるりと滑った気がした。だが、その感触も今では快楽を呼び起こすものでしかない。
エドワードはロイの中の気持ちよさに、理性の箍を外した。
「んんっ…! はっ」
ロイの中を思うがまま、貪る。久しぶりだから、そして限られた時間だから、今だけはなにもかも忘れて思うがままロイを感じたい。エドワードはロイに接吻けて、そのまま中で弾けた。
大きく息を吐いて、ロイを見下ろす。
「…あんた、まだだろ?」
ロイは苦笑に似た笑みを浮かべて、エドワードを見上げた。
「私はいいさ。どうにでもする」
「オレがいやだ。…もう一回、しようぜ」
エドワードは中に入れたまま、ロイの熱に指を絡ませた。ロイは息を呑んで、エドワードを見つめた。
「若い君に付き合う方の身にもなってくれ、まったく」
ロイはそう言いながら、一度は降ろした腕を再びエドワードの首に巻きつけて、引き寄せながら確信犯の笑みを見せたのだった。
「あーあ、背中真っ赤」
「私のせいじゃないぞ」
ベッドから降りたエドワードは、鏡に背中を映してぼやく。ベッドにまだ寝転んだままのロイは、片肘をついて横になると、だるそうにシーツを引き上げた。
「せめてシャワーくらい浴びろ」
「君が入れてくれると言うならな」
「オレも入るから一緒に行こうぜ」
そのまま寝る体勢に入ったロイを、ベッドに片膝を乗り上げたエドワードが覗き込む。
ロイは眠そうな目をエドワードに向けた。
「バスルームでもう1ラウンドは勘弁だぞ」
「…そんなことしねえって」
奇妙な間を取った否定に、ロイはため息を吐いて見せて、それでも大儀そうに起き上がった。そのまま鏡の前に立つ。背中も映して、苦笑いをした。
「相変わらず、君は何も残してはくれないのだな」
エドワードは扉に向かっていた足を止めて、ロイを振り返る。ロイは少しだけ悲しそうな目をしてエドワードを見つめた。
「傷をつけるから左手だけを使い、キスマークさえもつけない。まるで宝物だな、私は」
ロイの小さな非難のような言葉にエドワードは目を見開く。それから傷ついたロイの指先を掴んで、傷口に唇を当てた。
「そうかもな。オレには何もないから。宝って言えるのは大佐との時間と…あんただけかも」
顔を上げたエドワードの笑みは、どこか悲しく、どこか達観したようなそんな笑みだった。ロイは黒い瞳で見つめて、口元を引き上げた。
「私は物ではないぞ。宝でもない。だから、私にお前の所有の印を残してもいい」
いや、残せ。
傷ついた手を伸ばして、エドワードの頬に手を当てる。エドワードは顔を上げた。その目にはいつもの強い光が戻っていた。まっすぐにロイを見つめた。
「傷は、つけたくない」
「ならば、君がなにも残せないと言うなら、せめて証を」
「…証?」
ロイの言葉にエドが怪訝な顔をする。ロイは笑いながら、エドの右腕を取った。
「君と弟が元に戻ったなら…この右腕をくれないか」
「っ…!」
ロイの言葉にエドワードは息を呑んだ。
こんな偽者の腕を証に?
傷だらけで、血も通ってない、こんな腕を?
それが何の証になる。
エドワードがそんな思いでロイを見つめると、ロイはエドワードの目をまっすぐに見返した。
「今の君の象徴。そして、君の命を護った腕だ。それは君の存在の証としては十分ではないかね」
ロイはそう言って、鋼の手にそっと接吻けた。エドワードは神経の通っていない箇所に電流が走ったような気がした。
なんだかふいに気が抜けたような気分になって、照れくさくなる。
「あー、わかったわかった。元に戻ったらな。でもって、代価に取られなかったらな」
あんたに、この腕、やるよ。
エドワードは観念したようにそっぽを向いて言い放った。
「その代わり、あんたからもなにか証をくれよ。等価交換だろ?」
「ほう。なにが望みだ?」
そっぽを向いたままのエドワードに、ロイが楽しそうに笑う。エドワードは覚悟を決めたようにロイの目を見据えた。
「あんたが大総統になった暁には、オレをあんたの右腕に」
今度はロイが目を見開く番だった。
体を取り戻したら、軍からは抜けるものだと思っていた。
もう縛られる物はなにもないのだから。軍にいる意味もないと、勝手に思っていた。
「そうか。それが君の望みなら」
ロイはくすくすと笑う。
約束に、意味はないけれど。お互いそんなもの信じてはいないけれど。
それでも、心を伝えただけでは満足できないから。
なにか証を欲しがるのは人の常。
だから、約束しよう。
未来の成功の証。
そして、それが、
君が居た証。
end
最後、ものすごく眠かったんデス…。
鋼の腕を欲しがるマスタングさんが書きたかったのです。