1 神さまの気まぐれ
ぽっかりと白い雲が青い空に浮いている。
気持ちのよい風がざんばらの髪を揺らした。
幸村は、馬を止めて空を仰ぐ。
「いい天気でござるな」
目を細めて、まぶしい日差しを見上げた。
今日は起きたらとても良い天気で、屋敷にいてもなんだかんだと煩い家人から逃れるように遠乗りに出かけた。
佐助も今日は信玄の下に赴いているはずだから、幸村は今一人だった。
「こうして一人で出かけるなんて、何年ぶりでござろうな」
幸村は辺りを見回して誰の気配も感じないことを確かめると、ほっと息をつく。
馬から下りて、ちょうどいい枝に紐をかけると、馬の鬣を撫でてやり、ゆるく縛っていた後ろ髪の紐を解いて、風に流されるままにする。。
木陰から日差しの中に出て、新鮮な空気を吸い込むと、穏やかな時間に今が戦国乱世だということを忘れそうだ。
「いやいや。だらけていてはいかん」
幸村は、ぱしっと両手で自分の頬をたたくように挟みこんで気合いを入れる。
そして、架空の敵を相手に闘志を燃やしだした。
幸村が馬を駆って走っていたころ、また違う場所で馬を駆る男が一人。
「しっつけえな」
男は舌打ちをしながら後ろをちらりと見る。追ってくる馬の影は見えない。が、声がかすかに風に乗って届いてきた。
「まあ〜てえ〜!」
やけに間延びしたような声がどこまでも追ってくる。
「しょうがねえ。やるか」
男は独りごちて、馬を止めた。酷く走らせてしまった馬は、水を求めてぜいはあと荒い息をついていた。
「わりいな。もう少しまってくれよ」
近くの木の枝に紐をかけていたわるような声をかけると、男は腰に佩いた刀をすらりと抜いた。振り向けば、馬のひづめの音が近くなってきている。地響きのような音を立てて近づいてくる馬は、必死の形相になっていた。相手も自分に付いてきている以上、かなり無理をさせていることは想像に難くない。
「あーあ、馬がかわいそうにな」
「伊達政宗ぇ!!」
馬上の男は政宗が刀を手に下げ持っていることに気付くと、狂ったように自分も刀を抜いた。
「おーおー。やる気満々じゃねえか」
政宗はちろりと唇を舐めると、体を少し捻って水平にした刀を眼前で構える。
男は何事かを叫び散らしながら、政宗に迫った。
「変な毒にでも当たったのかねえ」
少しだけ呆れたような同情したような目を相手に向けて、向かってくる馬に一歩踏み出した。
「うわああああ!!」
ズガンと盛大な音を立てて、鎧と刀がぶつかる。男はもんどりうって馬上から落ちた。
「あんた、死ぬ覚悟はできてんのか?」
馬はそのまま主を置いて、走り去っていく。それを見送ることもせずに、政宗は刀を肩に当てて、トントンと軽く叩きながら、隻眼を光らせて男を見据える。
「ひぃあああ!」
男は先ほどの気迫は何処に行ったものやら、すっかり怖気づいたように近づく政宗から逃げようとしりもちをついたまま必死に後じさった。
「まあ、このまま逃がしてもいいんだが…。あんた、北条のじいさんのとこのもんだろ? あのじいさん、後で煩そうだからなあ」
ふいっと視線を外して考えるように上を向いた。
男は必死に政宗の足元で命乞いをしている。政宗はそれを煩そうに見やって、ニヤリと嘲笑うような笑みを見せた。
男の顔が恐怖に引きつる。
「悪いけど、死んでくんねえ? 恨むなら、俺を殺せと命じたじいさんを恨むんだなあ」
「うぎゃああああ!!」
肩から無造作に刀を払って、鎧の隙間を狙い違わず突き刺した。横腹に刺さった刀を引き抜くと、男は転げまわって叫んだ。
「ああ、わりいわりい。首斬ってやった方が親切だったよなあ」
刀が重くて手元が狂ったぜ、と嘯いて政宗は血のついた刀を返して両手で握ると、叫ぶ男の首を水平に力まかせに薙ぎ払った。
叫びが途中で途切れて、綺麗に首が飛んだ。首から上は叫びの表情そのままに凍りついている。遅れて、胴体から吹き出た血が政宗の体を濡らす。それを厭いもせずに口元に跳ねた血をぺろりと舐めると、刀を払って鞘に納めた。
「有名人も楽じゃねえな」
首と胴が離れた死体を一瞥することもなく、政宗は自分の馬の元へと歩き出した。
川の流れる音がして、幸村はそちらの方へ馬を向けた。
流れの音と流れてくる冷たい空気に、幸村は自分がずいぶんと喉の渇きを覚えていることに気付く。
「お前も喉がかわいたろう」
馬の横首をたたいて労ってやると、馬が小さく嘶いた。
草むらを抜けて小さな坂になっている土手に出た。幸村は馬から下りると、手綱を引いて馬を促す。ゆっくりと坂を下りて川についた。
「さあ、少し休んでまた出かけるぞ」
今日は一日馬を走らせて過ごす心積もりだった幸村は、いたわるように撫でて、早速水を飲み始めた馬に笑顔を見せた。
「さて、拙者も少し休むか」
先ほど動いて汗もかいていた。まずは水に手ぬぐいを浸して絞ると、火照った顔に乗せた。その心地よさに、ため息が漏れる。
そのとき、幸村の後ろの坂の上からひづめの音が聞こえた気がして、振り返る。
「おっと、先客か?」
茂みから出てきた男に、幸村の目が見開かれる。
「悪いが、俺も使わせてもらうぜ」
目を離さない幸村に笑いながら、政宗は悠然と川に向かって降りてきた。
薄藍の着物に黒の袴が、血に濡れていた。
右目は髪に隠れて見えなかったが、唯一見えていた左目には、好戦的な光が浮かんでいた。
幸村には、すぐにわかった。
「お主、人を斬ってきたのでござるか」
「ああ? ちげえよ。狩りしてて絞めた時に血ぃ浴びちまっただけだ」
失敗したな。と男が笑う。
血の匂いが、むせ返るようだ。これは、戦場の匂い。
幸村の血が一瞬にして熱を上げた。
「それは人の血の匂いでござる」
幸村がきっぱりと言い切ると、男は顔を上げた。髪が、風に吹かれて散った。
その右目には、眼帯。
「その目…。独眼竜。伊達、政宗」
息を呑むように口をついた名前に、政宗の左目が光った。飄々とした風情さえ見せていた気配が、一瞬にして殺気を帯びた。
すばやい動きで刀が抜かれた。
「っ!」
幸村が体を引く間もなく、喉元に刃が突きつけられる。
ぞくりとした緊張が、喉元から背筋を駆け抜ける。
――こやつ、本物だ。
「あんた、何者だ」
低く問われる声に、幸村はごくりと喉を鳴らした。
「真田、幸村」
名乗る声が少しだけ掠れた。政宗の目が驚いたように見開く。
「武田の若虎ってのはアンタのことか」
政宗を取り巻いていた殺気が緩む。刀を引いて、鞘を腰から引き抜きながら納めた。
「何故、斬らぬ」
「アンタ、強ええんだろ? こんなとこで丸腰のアンタを斬っちゃあもったいねえ」
どうせなら、戦場で闘りあおうぜ。
政宗は言って、鞘に収めた刀を無造作に放り投げた。
幸村は、先ほどの殺気を帯びた目が忘れられない。一瞬で上がった熱は、まだ身の内に燻っている。戦場に出た後のような高揚感。それを収めるには…。この熱を吐き出さなければどうにもならない。
幸村は唇を噛み締めて、温くなってしまった手ぬぐいを頭からかぶった。
いつもなら口の堅い兵士を捕まえて相手をさせられるのに。
今この場には、奥州の総大将しかいない。信玄とも肩を並べることが可能な男だ。
そんな男を相手にするわけにはいかない。
「なんだ、アンタ。具合でも悪いのか?」
何時の間に近づいたのか、水辺にいたはずの政宗が手を伸ばして幸村の頬に触れた。
それだけでぞくりと幸村の肌が粟立つ。
「ふ、触れないでくだされ」
熱は、欲につながる。上がった熱は幸村を人ではないものに変えてしまうように思われて、人に触れて、人に戻るために、必要な儀式のようなもの。
ここは戦場ではない。人を斬ってもいない。なのに、何故にこんなにも熱が上がるのか。殺気だけでここまで煽られたことに、幸村は動揺した。
「あん? なんだ? 盛ったか?」
身も蓋もない政宗の言葉に、幸村は頬に朱が上るのを感じた。
「アンタ、血を見ると欲情するtypeみたいだな」
覗き込む政宗の目を見て、幸村は息を呑んだ。
政宗の目が、ぎらりと光る。その奥には、殺気とも見紛う光が閃いていた。ドクンと幸村の血が沸き立つ。
「実は、俺もそうなんだ」
政宗がニヤリと笑って、幸村の後頭部を掴んだ。その勢いのまま、荒々しく接吻けられる。幸村はそうなることが当たり前だったかのように、差し込まれた舌に己のそれを絡めた。奪い合うように深く接吻けながら、幸村が政宗の襟元を開いた。
水のせせらぎの中に荒い息遣いが混じる。
幸村は政宗の襟を掴んだまま引っ張っていき、樹の幹に自分の背を押し付けた。
「はっ! アンタ、思ったよりも良さそうだ」
少しだけ唇を離して、政宗が嘲う。幸村は挑戦的に笑って見せて、政宗の袴の紐を引っ張った。
「今は、身分もなにも関係なしでござる。そして、これが最初で最後」
「ああ、それはいい提案だ」
政宗も幸村の着物を乱していく。あらわになった鎖骨に歯を立てると、幸村の喉が軽く反った。
「はっ…」
そのまま筋肉の筋に沿って、舌を這わせて降りていく。幸村が樹の幹に背を持たせかけながら政宗の髪に手を差し入れて乱した。
政宗の手が、幸村の着物を剥ぎ取っていくのに合わせて、舌もまた追うように下に降りていく。すべてが取り払われるのに任せて、幸村は熱を吐息に混ぜて仰のいた。
「あんた、慣れてんじゃねえか」
政宗が腰骨の辺りに唇を這わせて笑う。くすぐったさに逃げるように身を捻る。
「戦場に出た後はいつも…」
「はあん、なるほどな」
政宗は納得したように呟くと、幸村の欲をためらいもせずに口に含んだ。
「っあ…!」
幸村の指が政宗の髪を掴んだ。政宗はそのまま舌で幸村の欲を煽るように舐った。
見下ろせば、一国の主たる男が自分の欲を涼しげな顔で、口に含んでいる。
その姿に煽られて、幸村は背をしならせる。
政宗の舌はねっとりと絡みつくように幸村の熱を上げていく。もともと熱を吐き出したくて始めた行為。幸村はすぐに限界まで追い上げられた。
「はっ、あ、もう…」
「いいぜ」
幸村の切羽詰った声に満足したように、政宗は見上げて笑う。
政宗が吸い上げるのに、幸村の腰がビクビクと跳ねた。
「はあ、はあ…」
幸村が放ったものを口から指に塗りつけて、政宗は残りのそれを飲み込んだ。
「アンタんとこは最近、戦してねえのか」
「どういう意味でござるか」
政宗の言葉に、幸村が顔を赤くした。政宗は立ち上がって幸村の腰を支えると、片膝の後ろに手を当てて足を上げさせると、反対の手を後ろから回して、幸村の後ろに濡れた指を差し入れた。
「っ…!」
幸村の体に力が入る。
「力抜けよ」
耳元で低く囁かれる言葉に幸村が政宗の首に手を回した。
ぎゅっとすがりつくように力を込める。
「しょうがねえ。自分で前弄ってみな」
幸村は政宗に言われるままに、片手で自分のモノに手を伸ばす。先ほど放ったばかりだというのに、すでに半分立ち上がっていて、少しだけ羞恥を覚えた。
今だけ、今回だけ、という思いが幸村を動かす。
自分の指が呼び起こす快楽の波に体の力が抜けていく。そこを逃さずに、政宗の指が奥に進んだ。
「ああっ!」
片手ですがりついて、押し殺した声を上げる。政宗はニヤリと笑って、指を増やす。
「いーい声だ」
二本の指が幸村の中を押し広げるように蠢く。幸村の声が政宗の耳元で絶え間なく響いた。
三本目を入れて動かすと、幸村の声が一際高くなる。
「ここがいいのか?」
聞かれても、答える余裕はない。びくびくと体が勝手に跳ねる。
「ああっ! はっ…!」
快楽の波が絶え間なく幸村を襲う。と、急に政宗の指が引き抜かれた。
「あっ…」
高められた熱を急に離されて、幸村が不安げな声をあげた。
政宗は自分のモノを幸村の後ろにあてがって、飲み込ませる。
「うあっ! ああ…っ」
前を弄っていた手も、政宗の首に回される。しがみつくと、政宗が勢いよく突き上げた。
幸村の声が抑えようもなくなったかのように高くなる。
すべてを喰らい尽くすかのように政宗が幸村を穿つ。
幸村は翻弄される意識の中、必死で目の前の体にしがみついた。
熱が上がって頭の中が真っ白になる。何も考えられなくなってただ、狂ったように声をあげて、政宗の熱を感じた。
「おい、大丈夫か?」
熱を放った余韻は政宗の声を掠れさせていた。
その声が幸村の熱を刺激する。
ぐったりと幹に背をあずけて座りこんだ幸村の隣に、政宗も座った。
「あー、べたべた」
政宗は脱ぎ捨てた着物を取り上げて、呆れたような声を出す。
幸村はだるそうに見上げて、少しだけ笑う。
「幸い川はすぐそこでござる。洗えばいいのでは?」
「OK。それでいこう」
そういえば、政宗は幸村のわからない言葉を使うようだ。
幸村は今更そんなことに思い至って、首をひねった。
「よし、じゃあ洗ってくるか。あんたのも洗うか?」
「いや、某のは…」
政宗は立ち上がって着物を手に取る。
その背中を見送って、幸村は上半身も地面に倒した。
寝転がって、空を見上げる。
――今日はもう遠乗りはできないな。
幸村は風が心地よく通り過ぎていくのを感じながら、このめぐり合わせに笑う。
次に会うのは戦場かもしれない。
そのときには…。
幸村はゆっくりと笑みを深くした。
end