2 奪われる
兄の乗る馬に同乗して、初めて戦場に出たとき感じたもの。
刀のはじかれる音。
槍が鎧を突き通す音。
人が馬上から落ちる音。
馬が走る時の地響きの音。
背中に感じる鎧の立てる音。

埃っぽい土の匂い。
むっとする血の匂い。
胸元を流れる汗の匂い。
敵の撃つ銃の硝煙の匂い。
何かが焼けている様な匂い。

弁丸という幼名を捨て、新たな名をもらってすぐのことだった。
「明日はいよいよ出陣じゃ。お前も連れていくから準備しておけ」
父、昌幸からそう告げられた時、血が沸いたのを覚えている。
だが、結局のところ自分は兄の馬に同乗して戦場を見ているだけだった。
父はこうなることを見越して兄の馬に乗せたのだろうか。
兄にとっては足手まといにしかならないというのに。まだ背も小さかった自分は兄の前に抱き込まれるようにして馬に乗せられた。
一人で乗れると言い張る自分を諭すように父は、目線を合わせた。
「兄を護ってやってくれ。信幸は突っ走るからな。お前がいた方が少しは大人しくなるだろう」
そう言われてしまえば自分はもう黙るしかなかった。
そして、話に聞いていただけだった戦場に出た自分は、兄の前でただ目を見開いて固まっていることしかできなかった。
兄の振う槍の穂先が目の前の敵を落としていくのをただ、見ていた。
頬に感じる風は熱くて、手綱を握る手には汗が滲んだ。
「源次郎! 良く見ろ。これがこれからお前が生きていく世界だ!」
兄の声は活き活きとして、漲っている。
これが、この戦場が自分が生きる場所。
幸村は、目を見開いて地獄のような戦場を見据えた。


戦場から抜け出したのは、敵の数も減って、陣地の向こうに消えたのを確認してからだった。兄の馬は最後まで元気良く駆け回り、兄の声も力を失わなかった。
幸村は、血が滾るのを覚えながらもなにもできない自分に悔しさがこみ上げる。
だが、それ以上に体の熱がどうしようも無いほどに上がっているのを自覚した。
馬から下りて、父と兄から労いの言葉を貰った。
その言葉もそぞろに聞いた。父も兄も幸村のそんな様子はお構いなしに早速祝いの宴を開く準備で忙しく去っていった。
幸村は一人、陣の外に出る。
熱い。
風はまだ、血生臭さを運んでくる。幸村はその匂いに釣られるようにして、一人木陰に逃げ込んだ。
荒い息を整えるように木の幹にもたれかかる。そのままずるずると地面に座り込んだ。
「熱い…」
着ていた甲冑を脱ぎ捨てる。手甲を外そうとして、背後で聴こえた足音に手を止めた。
「佐助か」
振り返りもせずに気配だけで、名を呼ぶ。
「何してんの。こんなところで」
「ちょうどいい。手伝え、佐助」
佐助の言葉をさえぎるように、手甲を外す手を動かした。そのままそれを佐助のいるだろう方向に投げた。
「だからさ…」
佐助が幸村の手甲を手に持ったまま、目の前に姿を現して、息を呑んだ。
佐助の目の前には、上半身の着物を乱して荒い息をついた幸村がいる。
「熱を冷ますには、これが一番早い。佐助。拙者を抱け」
戦の後の昂ぶりを癒すには、女が一番だと話には聞いたことはある。
だが、幸村は女を知らなかった。だからと言って、自分が男を抱くというのもわからない。だったら、抱かれた方が早い。そんな単純な思考だった。
幸村の言葉に、佐助が驚いたように目を見開く。
「アンタ、何言ってんのかわかってんのか?」
佐助が旦那、ではなくあんた、と言った。佐助の驚きの深さがどれだけのものかがわかって、幸村の口元に笑みが浮かんだ。
「分かってる。早くしろ、佐助。別に今後もこういうことを強要することもない。今だけだ。某のことは主人だと思わないでいい。今は」
乱れた襟を肩から抜いて、誘うように手を伸ばす幸村は、佐助の今まで見たこともないような顔をしている。
佐助は少しだけ逡巡するように目を泳がせる。
が、意を決したようにその手を取って、跪いた。
「誰かに抱かれたことはあるのか?」
覗き込まれて、幸村は目を閉じた。
「ない」
瞬間、佐助が呼吸ごと奪うように接吻けた。後頭部が木に押し付けられて、逃げることもかなわない。
「んっ!」
苦しさに逃れようとするが、佐助の舌が幸村のそれを絡めて逃れようとする意志ごと奪っていく。幸村が佐助の着物を掴んだ。
「オレの手ほどきを受けたら、他のヤツで満足できなくなるかもよ?」
唇を離して、幸村の唇の端をぺろりと舐める。幸村が目をうっすらと開いた。
「それでもかまわん」
まるで閨での睦言のように囁いて、幸村はうっすらと笑う。その妖艶にさえ見える笑みに、佐助はぞくりとしたものを感じた。
ヤバイ気がした。
これは、ただの仕事だ。そう割り切れ。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
佐助はガンガンと耳鳴りのように響く音を振り切るように、幸村の首筋に噛み付いた。
「っ…!」
ビクンと幸村が跳ねる。袴の帯を解いて、乱暴に立ち上がりかけた欲を握った。
「ふっ…」
幸村が佐助の肩に額を当てて、しがみつく。目の前にある耳に噛み付いて、緩急をつけて手を動かした。
「なあ、挿れていいってことか? それとも、このままイって終わりでいいのか?」
耳朶に直接吹き込むと、幸村が顔を上げた。
お返しとばかりに佐助の耳たぶに噛み付く。
「いっ!」
「好きに、しろ。お前が我慢できるのならば…」
快楽の色が滲む声が、佐助を煽る。幸村のこんな声を聞くことになろうとは、幸村付きになってからこの方想像もしたことがなかった。それだけに、腰にクる。
「あー、もー。旦那。覚悟しなよ」
佐助が観念したように、幸村から身を離して自分の装束の襟をぐいっと乱した。
それを見て、幸村が笑む。
「アンタ、本当に初めてかよ」
「ああ」
「…どこでそんなこと覚えたんだか」
ため息と一緒に言葉を吐き出して、佐助は幸村の先走りを指に擦り付けた。
「んっ」
幸村の吐き出す吐息は甘い。その声に煽られている自覚はある。女じゃないのに。自分の主人だというのに。別段男色家じゃない武将でも経験はあるというが…。佐助はめまいがしそうな意識の中で、幸村の声に導かれて落ちて行った。
「あっ、はっ…!」
初めは痛みを堪えるようだった吐息も次第に、佐助の指に翻弄されるがまま、甘い声を上げた。
散々慣らして、幸村の目を覗き込む。
「旦那、いい?」
「好きに、しろ、と言った…」
幸村の目は快楽のためか、潤んで熱を持っているようだった。佐助はなにもかもに煽られている気がして、目を閉じた。
捕まったら終わりだ。
佐助は目を閉じたまま、幸村の体を抱きしめて押し入った。
「んああっ!」
幸村の嬌声が上がる。誰も来ないような場所とは言え、ここは陣の近くだ。
声を聞かれて、誰かが様子を見に来ないとも限らない。しかもそろそろ宴も始まろうかという時刻。幸村がいないとなれば、探しにくる者もいるかもしれない。
佐助は、逸る鼓動ともっと見ていたいと思う欲求がせめぐのを感じた。
幸村の声をふさぐように接吻ける。
先ほど指で探り当てた幸村の反応がいい部分を抉ると、幸村の体が跳ねた。
初めてだという幸村のために、ゆっくりと、そして快楽を引き出すようにと自制しながら動く。幸村は、息苦しそうではあるが苦痛は感じていないようだった。
佐助は幸村の欲にも指を絡めて、優しく快楽を引き出す。
「んんっ」
幸村がぎゅっと目を閉じた。その目蓋を舌で舐めてやる。
だが、どちらにしても、あまりこうしても居られない。
このまま抱きしめていれば、戻れぬ深みに嵌りそうだった。
今まで築き上げてきた主従関係を棄てるような羽目になることだけは願い下げだ。
仕事、仕事、と熱くなった頭の片隅で考えている自分がいる。
それでも、体は幸村の中を思うまま感じている。想像していたよりも随分と熱い。
引きずられる感覚を覚えながら、佐助は色を濃くする幸村の体を眺める。
普段の幸村からは想像することさえできないような色香を纏って、幸村の目が佐助を誘う。
理性を灼ききることはできないが、少しだけ箍を外した。
佐助は幸村の舌を絡めて、欲求のままに幸村の中を貪る。
急に強く動き出した佐助に驚いたように幸村が強くしがみつく。
「ふっ…ああっ!」
幸村は無理やりに唇を外して、佐助の肩に顔を埋めた。次いで、熱を吐き出した。
「っ…」
びくびくと締め付けられて、佐助が幸村の中から抜く。そのまま、幸村の腹に自身の熱を放った。
「っ…はっ…」
後に残るのは、熱を放った開放感と、少しの虚しさ。
佐助は持っていた布で幸村の体を清めていく。
「佐助」
「なに?」
顔を見ないようにして、佐助は作業のように幸村の身支度を整え始めた。
「後悔はいらぬぞ。某が誘ったこと。お前はなにも気にするな。いいな」
着物を身に着けて、きっぱりと言い放つその様は、もういつもの幸村だった。
先ほどまでの乱れは別人だったのではないかと思うようなその様子に、佐助は自分を疑いそうになる。
「佐助?」
「了解、旦那」
佐助は自分の装束も調えて、立ち上がる。幸村のつけていた甲冑を手にして、幸村の後ろに立った。
幸村はそんな佐助の様子に、口元だけで笑う。
何もかもを押し殺す。それが忍。
自分はこれからもあの戦場に立つ。何度でも。
今度は誰かに護られるのではなく、自分から走る。
あの戦場の匂いは忘れない。
そして、この熱も。
これからの乱世を思って、幸村は笑う。
ここが自分の生きる場所。

戦場に魅せられ、心を奪われた幸村は心から楽しげに笑みを浮かべた。

end



ごめんなさい。佐幸ですよ。いやー…
幸村、笑うシリーズ(笑)
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