2 その瞳は誰を追う
「此度の働き、まことにあっぱれであった。幸村」
「はっ。ありがたきお言葉」
戦は、幸村と武田騎馬隊の活躍により、武田軍の勝利で終わった。
信玄の労いを片膝をついて、受ける。
「そういえば、伊達の小童がこちらに来ていたとの情報があったが、幸村は会ったか」
「いえ。直接会ってはおりませぬが、気配は感じておりました」
信玄の言葉に一瞬身を固くしたが、それは気付かれなかったようだ。
「そうか。隙あらば乱入でも狙っていたのかもしれぬが、今日はその隙もなかったであろうしな」
「はっ」
機嫌のよさそうな信玄に、幸村も笑みを見せる。
あの視線は、乱入を狙っていたものだったろうか。幸村は思い返して見るが、それもなんとなく違うような気がした。
「明日は、甲斐に引き上げるぞ。準備を怠るな」
「某、明日はしんがりを勤めさせていただきとうございます」
「うむ。わかった。幸村、しんがりはそちに任せる。勤め、立派に果たせ」
「はっ」
陣を出ると、冷ややかな風が熱くなった頬を冷す。
今日は殴り合いはなかったものの、信玄と対峙しているだけで血が滾る思いがするのだ。
「旦那、お疲れさん」
「おお、佐助。今日はお前もごくろうだったな」
少し離れた場所に煮炊きをする煙を見ながら歩いていると、隣に佐助が降り立った。
「戦が終わっても今の今までお館さまの使いっ走りだしね。ほんとご苦労様だっての」
自分の肩に手を置いて、ごきっと首を鳴らした佐助が、苦笑いを見せる。
「で、どうだった」
「周りにはもう敵さんは隠れてなさそうだったね。あ、そうそう竜の旦那だけどさ」
まだ帰ってないんだよね、と続けられた言葉に、幸村のこぶしが知らず握り締められていた。
「帰ってない、とはまだこの近辺にいるということか」
「そうそう。あっちの方にさ、すごく少数だけどね。明日、うちらが帰るの狙って来る可能性は否定できないかも。…旦那?」
いつの間にか足を止めた幸村に、佐助が振りむいた。
「ええっ?! 旦那!!」
先ほど佐助があっち、と指さした方向に向かって、幸村が駆け出していた。
「ちょっと、勘弁してよ〜」
佐助が首に手を当てて、本気で嫌そうな顔をした。が、すぐにため息をつきながらその場から姿を消した。
佐助の言葉を信じるならば、この近辺にいる。
あの視線の主がいる。
「伊達、政宗」
逸る気持ちは抑えられなかった。戦明けというのがまずかったのかもしれない。
信玄の言うように乱入してくるのならば、そっちの方がよかった。
あんな視線を向けられて、煽られるだけ煽られた幸村の熱は、押さえつけられて体内でくすぶっていたのだ。近くにいる、というだけで簡単に火がついた。
「旦那」
佐助の声が頭上からする。幸村は、その声に咎める色が含まれていることに気付いたが、足を緩めることはしない。
「後でお叱りは受ける」
「えー。俺も叱られるんだけどなー」
走りながら会話をしていると、暗くなり始めた空に、煙が見えた。
「もう、しょうがないなあ。危ないことはしないでよね」
幸村の体からは、戦場で見せる気迫が漂っていた。佐助はあーあ、と頭を抱えたい気持ちでいっぱいのまま、樹上を跳んでいた。
ふと、佐助の神経になにかが障った。
「旦那!!」
危機感の知らせるままに、幸村に向かって怒鳴る。幸村もなにかの気配を感じたのか足を止めた。
何かが近づいてくる。幸村が放出している熱気のこもった気迫とは正反対の、冷気さえ感じさせるような鋭い気配。
「真田、幸村」
誰そ彼時で顔の判別もままならない。そんな状況にもかかわらず、現れた影は低い呟きを発していきなり加速した。
「伊達政宗!!」
走り出した影に六爪を認めた幸村も、一瞬にして目に炎を宿らせて走り出した。
二人の距離のちょうど真ん中で振り下ろされた刀を槍が受け止めた。
ものすごい音がして、あたりにいた鳥たちが一斉に空にむかって逃げるように羽ばたいた。
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